徳島市民病院では令和2年3月より転移のない限局性前立腺がんに対して密封小線源療法(ヨード125線源の永久留置)を開始いたしました。
密封小線源療法は日本では2003年3月に医療法上認可され、2003年7月からこの治療が施行可能になりました。現在、日本国内では約112施設でこの治療が施行されており、のべ治療人数は4万5千人を超えています。
前任の徳島大学病院で、小線源治療を開始した2004年7月から小線源治療に携わってきました。現在までの約18年間にわたり1000例以上の経験を積んでいます。
泌尿器科 総括部長 福森知治
小線源療法とは小さな放射性物質を治療する臓器に挿入して行う放射線治療です。英語ではブラキテラピー(brachytherapy)と言われています。ブラキ(brachy)とは短いという意味で、放射線源と照射目標との距離が短いことからこのように呼ばれています。
前立腺は腸管の動きや膀胱内の尿量によって位置が変化し、一般に1-2cmは移動します。小線源療法では線源を前立腺内に留置するため、前立腺の位置の変化にかかわらず確実に前立腺内に照射が行われます。
外照射の場合は、体の外から患部に放射線を照射するため強いエネルギーでの照射が必要となります。そのため、前立腺の周囲の組織にも放射線がかかり、放射線に弱い直腸や膀胱粘膜、皮膚などで放射線障害が起こることがあります。一方、小線源療法では、線源であるヨード125は、前立腺内の照射に十分なエネルギー量にとどまるため、前立腺周囲への照射量は少なく、皮膚への影響もほとんどなく、直腸や膀胱での放射線障害の起こる可能性も低いのが、治療の大きな利点です。
また、2019年に認可された前立腺と直腸の間にスペースを作るSpaceOAR(図1)を使用することで直腸障害は今後極めて少なくなると思われますので、当院でも積極的に使用しています。
前立腺癌の治療の一つの課題は、いかに尿失禁を起こさず、性機能(勃起能)を維持してQOL(生活の質)を低下させないようにするかということにあります。小線源療法では、治療の初期に排尿困難を認めるものの、治療後の尿失禁(尿もれ)はほとんどなく、長期間の経過観察でもまれに生じる程度です。
性機能に関しても、小線源療法は様々な治療法の中で最も成績が良く、5年後に性機能が維持される率は7-8割と報告されています。ちなみにホルモン療法では性機能はほとんどの場合に失われますし、前立腺全摘手術において神経温存手術を試みても性機能が保たれる率は3-4割程度といわれています。放射線の外照射の場合でも性機能が保たれる率は5割程度といわれています。
小線源療法は、後述するような手術手技や半身麻酔が必要で、体に全く負担がないわけではありませんが、出血はほとんどなく前立腺全摘手術と比較すると負担の少ない治療法です。当院では、基本的に入院期間は3泊必要となりますが、前立腺全摘手術より短いものです。外照射の場合は、7‐8週におよび連日の通院治療が必要です。いずれにしても、小線源療法は入院が必要とはいえ、短い治療期間ですむ治療法です。
小線源療法の特徴の項で述べたように、この治療は前立腺周囲5mm以上離れた部分への照射量は少ないため、癌が前立腺の周囲までおよんでいた場合(被膜外浸潤や精嚢浸潤)は手術と同様に治療成績が低下します。また、骨やリンパ節などの他の臓器に転移を認める場合は転移巣に効果がないため治療の対象になりません。したがって、基本的には前立腺の中だけにとどまっているがん(臨床病期B(T2))がこの治療の対象になります。最近は、被膜の外にがんがでている場合(臨床病期C(T3a))も小線源治療+外照射治療+ホルモン療法の併用(トリモダリティー:3つの方法の併用の意)で治療を行っています。さらに、もともと浸潤や転移がありホルモン治療を行った後に画像上それが消失した場合は、一般的にこの治療の適応になりません。
前立腺全摘手術後に再発した例や、放射線治療後の再発例ではこの治療は施行できません。また、ホルモン治療中にPSAが上昇してきたような症例も転移の可能性が高くこの治療は一般的に無効です。
徳島大学病院での平均経過観察が約5年(64.6か月)の時点でのPSA非再発生存率は低リスク群で98.1%、中間リスク群で94.2%、高リスク群で89.1%であることを既に論文で報告しています(Urol Int. 2015;95(4):457-64)。
また、小線源療法導入時から10年以上経過観察できた症例を調査した長期の治療成績も発表されています(福森ら、第107回日本泌尿器科学会総会(2019年4月)、第57回日本癌治療学会(2019年10月))。前立腺癌診断時のPSA(前立腺特異抗原)値および生検時に採取した癌組織の分化度(グリソンスコアー:前立腺癌の組織の悪性度を点数化したもので2-10の9段階で表し、数値が高いほど悪性度が高い)により、病気が進行しやすい高リスク群(PSA 20< あるいは、グリソンスコアー 8<)と、中間の中間リスク群(PSA 10-20、あるいは、グリソンスコアー 7)進行しにくい低リスク群に分けて検討しています。
低リスク群(PSA 10ng/ml 未満、グリソンスコアーが6以下)の場合には、治療後10年後の非再発率は97.1%、がん特異生存率(前立腺がんで死なない確率)は100%、全生存率は92.9%程度となっています。
中間リスク群(PSA 10-20ng/ml、グリソンスコアーが7)の場合には、治療後10年後の非再発率は87.0%、がん特異生存率は97.1%、全生存率は85.5%程度となっています。
高リスク群(PSA 20ng/ml 以上、グリソンスコアーが8以上)の場合には、治療後10年後の非再発率は75.0%、がん特異生存率は88.9%、全生存率は80.6%程度となっています。このデータでは低リスク群の約40 %、中間リスク群の約60%、高リスク群の約90%の症例で小線源治療前にホルモン療法を6か月施行されています(図2)。高リスク群では2014年からトリモダリティーを開始しており(10年以上経過していないので図の発表データには含まれていない)、近年の治療成績はさらに向上しています。
欧米のガイドラインでは、低リスク群、中間リスク群では線源療法単独で(中間リスク群の悪性度が強い症例は外照射や短期ホルモン療法併用)、高リスク群では、外照射の併用と1~3年のホルモン療法の併用が推奨されています(NCCNガイドライン)。
小線源療法はあくまで放射線治療の一つであるので、外照射に比較すると放射線障害は生じにくいものの、直腸、膀胱、尿道への影響はないわけではありません。直腸での障害としては、直腸粘膜にびらん(ただれ)が生じ、ひどい場合には潰瘍や膿瘍が形成されることがあります。海外では、人口肛門を造設した例も稀に報告されています。膀胱の障害としては、膀胱の粘膜が炎症を起こし、膀胱炎様症状を呈することがあります。また、尿道の炎症が強い場合には後で尿道狭窄が起こることがあります。これらの障害が発生するかどうかや程度の差は個人の放射線に対する感受性の相違によって起こります。さらに、放射線治療の影響で膀胱がんの頻度が上がるという報告もありますが、喫煙や遺伝などの影響が大きく正確な因果関係は不明です。
小線源療法は体に負担の少ない治療とはいえ、麻酔や線源挿入時の針の刺入による体への侵襲は避けられません。これらの操作に伴う危険は非常に少ないものですが、100%安全とは言いきれません。具体的には、後述いたします「8 治療の合併症」の項をご参照ください。
次の「治療の適応」の項で述べるように、小線源療法はがんが前立腺に限局した転移のない症例にのみ可能です。また、病気が発見された時点でのPSA値やグリソンスコアーが8以上の高い場合は(高リスク群)、小線源療法のみでは効果が不十分で、外照射や場合によってはホルモン治療を併用するトリモダリティーが必要な場合があります。
5年後に性機能が維持される率は7-8割と報告されており、一般的に手術や外照射より優れています。しかしながら、治療後、精液の量は減少しますので、治療後の妊娠は困難になります。希望に応じて精子の凍結保存を行います(専門病院に紹介)。
前立腺生検(組織検査)を受けられ、前立腺癌の診断がついた方は初診時に現在までのデータ(可能な限り紹介状)をお持ちください。必要な情報は下記の通りです。
これらのデータをもとに、治療の可否、また治療可能な場合、小線源療法単独で治療可能か、外照射の併用が望ましいかが決定されます。その後、患者さんにこの治療を受けられるかどうかを決心していただくことになります。
治療日の3~4週前に必ず来院していただき、治療のためのプランニング(照射計画)を行います。具体的には、治療時と同じ体位をとり、経直腸エコーで前立腺の形態を三次元的に解析してコンピューターに取り込みます。このデータをもとに線源の配置および使用線源数を決定します。
同時に入院および治療に必要な一般検査として、胸部X線写真、心電図、一般血液検査、出血時間などの検査を行います。治療前のプランニングに食事制限や入院は必要ありません。
一般的に入院は3泊4日で行います。治療当日は必ず個室管理となります。
月曜日の午後入院、火曜日治療となります。
治療費は線源代を含めすべて保険の適応になりますが、個室料金は自費になります。